【寄稿】旅・日本全都道府県を車で走破しました

西山 隆(NO879)

1都2府1道43県を4駆のパジェロで走破して全ての都道府県で宿泊しました。レンタカーも利用しました。
走破した主要道路図をご覧下さい。凄いでしょう! 走った路線でほぼ日本の形が描けています。

走破した主要道路図
走破した主要道路図

先ずは走る地方と行程及び日程を定め、その地方の道路地図に基づいて毎日の走行路線を決め、立ち寄り観光場所や昼食場所(その土地の食文化に触れる)と宿泊地を決め、予算を立てます。ナビとかスマホの無い時代でしたので、予め詳細にわたる企画書を作成しました。そして、①一日の走行距離は250㎞以内とする(高速道路利用日は例外)、②日暮れまでに宿泊地に到着し夜は走らない、③必ず予約して宿泊施設に泊まるを原則とし、「無理はしない」を鉄則にしました。ほぼ全行程をワイフが同行し、企画書や地図を確認したりして迷ナビゲーター役を果たしてくれました。

旅の一例を簡単に紹介します。2000年6月26日から7月21日にかけて25泊(内船中2泊4日)26日で北海道をほぼ一周しました。そのときの企画書の一部とか日程や走行した経路図とかを掲載します。自宅から敦賀港までの往復は自走し、敦賀港~小樽港間の往復はフェリーでした。1泊2日の船旅で小樽に宿泊、6月28日小樽を出発し、北海道一周の旅一日目をスタートしました。先ず余市のフゴッペ洞窟を見物(後日フランスで見物したラスコー洞窟のような規模ではありませんが、縄文期の人の描いた壁画で、興味深いことに両方ともに冒険心のある少年たちにより発見されたそうです)、積丹岬と神威岬に立ち寄り自然の地形に触れ、道の駅“ドスコイかもえない”で地料理の昼食をし、岩内を通り神仙沼・大沼地湿原に立ち寄り(熊出没の看板があり怖くて見物しませんでした)、ニセコ東山プリンスホテルに宿泊しました(数年後に再度泊まった時は買収されてヒルトンホテルになっていました)。このような旅の日が続きます。

北海道一周主要路線
北海道一周主要路線

北海道は温泉地が沢山あります。二日目に宿泊した乙部温泉は、鄙びた宿に別館のモダンな温泉施設があるといった新旧相反する佇まいでした。古くて朽ち落ちそうな建物の宿の温泉の方が情緒あり、新しい温泉には入らずじまいでした。知床ウトロでは、民宿の親仁が五色の石を集めて組み立て作ったというご自慢の露天風呂に入ったのも(と言うより親仁に入らされた)楽しい想い出です。知床カムイワッカ湯の滝(自然温泉)は現地まで行ったのですが、車を降りてから温泉に辿り着くのが大変なようで入るのを断念しました。ご当地の色々な食べ物を戴きました。小岱沼温泉の北海シマエビ、根室のエスカロープ゚、霧多布の生カキ等など、各地の新鮮なウニ・イクラ・ホタテ・ホッキ貝・ホッケ・サケ・カニなど全てグー!北海道一周のドライヴは、走る、観る、食べる、温泉に入る、寝る、の一日が22日連続する旅でした。

帰宅後旅先で撮った写真やゲットした資料を整理してファイルに納めます。旅のファイルで書棚は埋め尽くされています。

余談ですが、JR乗り尽くしの旅もやってのけました。旅のファイルから一部を取り出し旧大阪ニチメン社友会の会報に寄稿させて頂きました。ご興味がありましたら同会のホームページを覗いてみて下さい。何故そんなに度々旅をするのか。40歳の頃に読んだ「ライン河物語(笹山駿二著・岩波新書)」が私を旅の虜にしました。定年後、スイスのボーデン湖からオランダのアムステルダムまで、ライン河に沿って自転車で漕ぎ下ろうとの衝動に駆られ、早速ツーリング自転車とキャンプグッス一式を買い揃えました。勇み足ですよねえ。歳を取るにつれ体力が衰えるのを考えていなかったのです。結局ライン下りも自転車ツアーも体力不足で諦めて、車で日本全国を巡ることに落ち着いたのです。夫婦で旅行会社の国内・国外パックツアーにも多々参加しました。夢だったライン河下りも、ほんの一部だけですがパック旅行の船下りで叶いました。今では体力の更なる衰えで移動型旅行は止めて、滞在型旅行に絞り年1~2回楽しんでいます。

今後どんな旅をしたいのか。滞在型旅行を続けながら、数年後に営業が始まるリニア新幹線に乗ることで旅を締め括りたいと考えています。それまで元気で頑張ります。 

写真
室蘭地球岬にて2000.7.2

令和6年8月

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